「やなぎ」に掲載している言葉

108才の生き方に学ぶ
前住、筆

 柏原市にお住まいの清永タマヱ様が1月5日、行年108歳でお浄土へお還りになりました。清永様はご出身が山口県長門市で、浄泉寺のご門徒さんでした。浄泉寺ご住職の上山大峻先生(元龍谷大学学長)が大学時代にわたくしたちとご縁があり、先生から「柏原市の清永さんをよろしく」と頼まれておりました。このたびタマヱ様ご往生のお知らせを受けて、住職と副住職とそしてわたしも家族葬にお参りさせていただきました。
 タマヱおばあちゃんは明治39年のお生まれで、柏原市の最高齢者でした。息を引き取られる二日ほど前に一度心臓が止まったそうです。その後息子さんが20分ほど蘇生マッサージをほどこされると、再び心臓が動き始めました。その後自宅にやってきたお医者さんが、聴診器を肌にあてられると「つめたい」と反応されたとのことです。その二日後再び呼吸が止まり、大きく息をさせると眠るように往生されたとのことです。
 ご遺族が、108歳まで病院に頼らず、認知症の気配もなく生きてこられたおばあちゃんの生き方を教えてくださいました。おばあちゃんは生前に帰敬式を受けておられ「寿光院釋尼玉芳」という院号法名をいただかれ、み仏のめぐみを慶ばれたことはもちろんですが、とにかく、あらゆることに関心をもって前向きに生きられました。息子さんが本を読んでいると、「読み終えら、その本をわたしにも読ませてね」とおっしゃいました。食事は、好き嫌いなく何でも適量いただかれ、散歩したり毎日手先を動かすことを日課とされました。90歳くらいまでは、自分で針に糸をとおして、得意の裁縫で和裁、洋裁をし、それ以前には、背広なども仕立てておられました。旅行もお好きで、よく旅をされたようです。
 相手を思うこころが深く、いつも「和」を大切にされたおばあちゃんのやさしい笑顔の写真が、お仏壇の側にあります。その写真もおばあちゃんが生前に選んでおかれたのだそうです。お浄土まで準備万端の108歳のご生涯でした。